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| ■詩の解説: |
| 袁高(727〜786)、字公頤、滄州(現在の河北省東光県)人。 |
| 献上茶の弊害を皇帝に訴える茶詩として有名。実際「自袁高以詩進規、遂為貢茶軽省之始」と、当時の皇帝が献上茶の量を減らした記載があった。 |
| 茶山詩 の訳: |
| 天下の貢賦を網羅した「禹貢」の精神(ねらい)は、 民の生活を安定させる為にある。 なのに後世の王(皇帝)は自分の務めを忘れ、 周りの役人達も実情を王に報告(進言)しない。 もっとヒドい輩は献上茶の(皇帝を喜ばせる)為にあらゆる手段を使って目的達成しようとする。千金(無数の金)を費やしたり、庶民を日に日に貧しく追い込む。 私は顧渚(現在の江蘇省宜興、唐では貢茶の産地)に来て、製茶に携わる庶民の実態をこの目で確かめた。貢茶生産の為に田畑が荒れ、ほんの少しの収穫の為に多くの苦労をする。 一旦、一家の主が製茶にかり出されれば、この家の残りの者はまるで未亡人のようである。かり出された人達はツルを掴んで険しい断崖によじ登り、○○○○○○。 一日中頑張っても、ほんの少ししか茶が採れず、手足が傷だらけになる。悲しみのあまり山が禿げ、草木も成長が止まるほど。 山の陰に生える茶樹はまだ芽を出していないのに、役所からの(貢茶)催促がひっきりなしに届く。○○○○○○。 *解説文の投稿歓迎。 |