中国茶の世界
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和章岷従事闘茶歌



■解説:
 
 范仲淹(989〜1052)は北宋の政治家、文人。字は希文、蘇州呉県(江蘇省蘇州市)の出身。
 
 和章岷従事闘茶歌:章岷は浦城(福建省建寧)人。 従事は官名、従事史。州郡長官の僚属。

 *闘茶は唐から始まり、宋では一段と盛んで「茗闘」とも呼ばれる。勝負の基準は茶湯の色と水痕(茶湯の色は純白が勝ち、水痕は早く現れる方が負け。色白は全てが完璧を意味し、青は蒸青時の火力不足、灰色は蒸青し過ぎ、黄色は茶葉は摘み時期を過ぎたとか)。
 
 奇茗は貴重な茶葉。 武夷仙人は武夷山に住む仙人「武夷君」を指す。 新雷は春の最初の雷である。

 穿雲去は霧がかかっている中、茶摘みに行く。

 綴玉含珠散嘉樹:茶葉(や新芽)がまるで真珠のように、茶樹にかかっている。 嘉樹は陸羽の「茶経」の中から「茶者、南方之嘉木也」。
 
 午前中かけて摘んでもそんなに量がないが、上等の物しか使えないから、むやみに摘む事もできない。

 方中圭兮圓中蟾:条形茶は圭のようで、丸い茶はお月様のようだ。 蟾は月宮を指す。

 北苑は龍鳳茶を指す。 雄豪は権力者を指す。献上する前に、地方の権力者が先に闘茶を行う。

 首山銅は茶鼎が首山の銅で作られたから貴重。 中冷水は江蘇鎮江の中冷泉。 黄金碾は銅製の茶碾。 緑塵は緑色の茶粉。 お茶の味はバターより良く、香りは香草より上品。

 甌は茶碗。翠涛は茶湯。

 其間品第胡能欺、十目視而十手指:闘茶の公平性は疑う余地がない。全ての人が見ている中で行われているから。「十目十指」は「十目所視、十指所指、其厳乎?」から引用。
 
 勝者登仙不可攀、輸同降将無窮恥:勝てば、仙人になったように偉くなり、近よりがたい。負ければ、投降した将のようにその恥は窮まりない。
 
 衆人之濁我可清、千日之酔我可醒:屈原の「與世皆濁我独清、衆人皆酔我独醒」(世の中はすべて濁っている中で、私独りが澄んでいる。人々はすべて酔っている中で、私独りが醒めている)から取った物。
 
 屈原試与招魂魄......お茶で屈原の魂を呼び起こす事さえ可能であろう、また、泥酔中の劉伶にとっても雷のごとく目覚めるだろう。生きて居れば、盧仝も詩を詠み、陸羽だって茶経に書く。
 
 商山丈人:商山四皓を指す。秦の末、東園公、角里先生、綺里季と夏黄公の4人が商山に隠居。
 茹芝:霊芝草を食べる。 商山の四皓がこのお茶を見たら、きっと霊芝草を食べずに茶を飲むだろう。
 
 首陽先生は伯夷と叔斉を指す。
 
 長安酒価減千万、成都薬市無光輝:お茶の味が良く、効能・薬効が優れる為、人々はお茶を選び、その結果、長安の酒が値崩れ、成都の薬市場が光を失う。
 
 闘草は闘百草とも言う。草の逞しさ(柔らかさ)を比較。




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