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---乾隆帝―「坐龍井上烹茶偶成」--- 乾隆帝51歳、第3次南巡-1762年(乾隆27)時の作、7言律詩。試訳『(龍井に座って茶をにて、たまたま成る詩)龍井の新茶!龍井の泉!その風味は一つのスタイル一家をなし、茶をその泉で淹れるは「烹煎」とたたえる。おのずと少し顔を出した芽は石の上で輝き、季節は茶が出来上がる穀雨前(4/20前)。なぜ鳳団(皇帝御用達の贅沢志向超高級献上茶)の名声なぞ誇る必要があろう!(いや、)事のおこりはそれが仏法を飾る事にある。ここに正しく仏法(非贅沢)を説く才あらんと欲す!(苦笑) 我ながらと再度わが文字は禅(私は贅沢を求めてはおらんぞ!)』 (注:雀舌…茶名or一芯二葉/蓮…仏法の比喩ととりましたが、蓮心(1芯=柔らかい新芽)という用語もある/文字禅…同名の禅の書物もある/南巡…帝の視察も兼ねた南方旅行。行く先々で人民は豪華絢爛なもてなしを用意し、大変な負担だったと言います)●乾隆帝(1711〜1799)清朝6代皇帝&藝術を愛した博識才人。旺盛な読書と正確な記憶力で詩作に励み、翰林院の学者さえ知らない知識を用いて困らせたという遊び好き。▼詩作は総数42420首!乾隆帝はこちらHPの「茶趣傳説」で面 白いエピソード紹介されてましたね(^^) (茶韻香さんが書いて下さいました) |
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---袁 枚−「龍 井」--- 1763年(47歳)の作。この詩中の茗(=茶)は、もちろん龍井茶の事です。 ★試訳『龍は西湖(観光名所)の喧騒にいや気がさし、別に美しいねぐらを選ぶ。それは澄んで深い一つの井戸水(龍井泉)、水面 に映るは、ゆれ漂う青い空、落ちた葉をくわえ飛び去る鳥、いきかう魚、人ともまだ縁は切れていない。時に6ぴきの龍を迎え、加えて崖は天地を開き、あいた穴は霊気の源、砂を爪でかけば宝石(水源)を出し、滝が天より舞い降りて四方に白きところ(美しき泉)を作る。あふれ出る宝玉 (水の玉)が花とまじって転がり落ち、すすぐ水面は乱れ飛ぶ雪(水しぶき)。耳を傾ければ、とめど無く広がる水音、争い向って輪の玉 を砕く(しずくが次々と落ちて輪状にはじける様子)。ひんやりとした見晴らし台。いにしえより(広がる)松の蒼い煙。そして茶を飲めば人は帰りを忘れ、余りに美しい景色に天も夕暮れを忘れる』●袁枚(1716〜1798)…浙江省杭州銭塘県の人。字は子才、号は簡斎。随園先生、袁随園とも呼ばれた清朝乾隆年間に活躍した文人で、美食家、県知事、自由人など幾つもの肩書きをもつ。有名な料理本「随園食単1792」の著書で、大衆に愛された売れっ子文人でした。当時海外にもその名は知られ、ヨーロッパや日本、琉球(沖縄)などの使節団が競ってその著書を買い求めたと伝えられます。詳しくは伝記本の「袁枚―十八世紀の中国の詩人」アーサー=ウエイリー著・加島祥造/古田島洋介:訳、1999(平凡社‐東洋文庫)を。 |